2012年12月31日 (月)

2012

2012年、自分にとって一生忘れる事のない年になりました。 2007年1月1日からスタートしたこのブログもまる6年、こんなに早く終焉を迎えるとは今年の初めには思いもしませんでした。MOMOは昨年から原因は特定できないものの症状が出始めていましたので、最悪の事態を想定すれば、ある程度覚悟もできましたが、NANAはそんなこと微塵も感じさせない元気な子でしたので診断が下った時はもう絶望感で立直れないくらい辛い日々を何日か過ごしました。 でもMOMOもNANAもよく頑張ってくれました。先日N動物病院のY先生の所にお礼兼ねて行ってきました。MOMOちゃんもNANAちゃんもよく頑張りましたね~とおっしゃって頂きました。 2012年世相を表す漢字は『金』でしたが、家では『病』とか『魔』あるいは『戦』なんて字しか思い浮かびません。でもMOMONANAが頑張って『間』を与えてくれたので、残された時間を有意義に過ごせて最後の年を締めくくることができました。 今はまだ先のことは考えられませんし1年間は喪に服そうと思っています。フラットのことが大好きだからこそもう二度とこんな悲しい経過を辿りたくはないという思いもあります。 MOMONANAが居ることで人生が変わりました。MOMONANAが週末を楽しくしてくれました。MOMONANAと暮らして楽しい思い出をいっぱいつくりました。MOMONANAが繋いでくれ、たくさんの友達もできました。MOMONANAがいっぱいパワーをくれました。 犬は英語で『DOG』ですが反対から読むと『GOD』神です。犬は私たち愛犬家にとって神なのかもしれません... 完

2012年12月 9日 (日)

MOMOのこと...

032 MOMOの初七日もずぎました。 12月2日日曜日にはたくさんのお友達にお見送りいただき空へ昇ってゆきました。 お寒い中また遠方よりお越しいただきましたこと本当に感謝です。ありがとうございました。 またいろいろとお気づかい頂きまして本当にありがとうございます。 11月26日に7回目の抗癌剤治療をを終えて少し貧血状態とおそらくは下肢へ転移による麻痺が出てきていましたが、介護することなく最後まで自力で生き抜きました。亡くなる前日まではご飯もおやつも食べていてくれたので体重もほとんど落ちることなく逝きました。最後まで食いしん坊MOMOを貫きました(笑)亡くなる日は添い寝していて二度ほどおう吐しましたが、少し楽になったのか、すやすや眠り始めて朝まで寝てくれるかなと思っていた矢先に呼吸が弱くなってゆきました。最後は眠るように...9歳8カ月の生涯を終えました。NANAもそうでしたがMOMOも本当にあっけなく逝ってしまいました。 MOMOは2003年3月に岐阜県美濃加茂市で生まれました。その頃はフラットのことはよく分らないまま一番近いブリーダーさんを探して子犬を予約しました。そして5月お迎えの日、ブリーダーさんは一番成長の良かった女の子を残してくれていましたが、なぜか一番小さな女の子が可愛くて無理を言って代えて頂きました。それがMOMOなんです。 岐阜から帰り途母親から離されたMOMOはずっと車の中で泣いていましたが、それを見ていた子供たちもずっと泣いていたのを今でも覚えています。 家へ来てからのMOMOはそれはもうフラット特有の小悪魔ぶりを発揮して相当困らせてくれました。なので躾も相当厳しくやりました。その甲斐あってかMOMOは期待にこたえてくれてリードなしでもコントロールできるフラットになってくれました。それを見て育ったNANAはほとんど躾もせずに私の後を付くように...めげずに躾にこたえてくれたMOMOには本当に感謝です。 2006年4月には縁あって母親となりNANAをはじめ8頭の元気な子を産んでくれました。その中にアイルやGAIAの母親でもある花子がおりました。MOMOが繋いでくれた縁なんです。 NANAが成長した2007年から2010年は本当によい時間でした、まさにMOMONANA時代の到来でしたね。 2011年の5月ごろから左前脚をかばうようになり病院で診察、その時はレントゲンでも血液検査でも原因は分からずで関節炎かもとのことで様子を観ることに...7月セカンドオピニオンでも結果かわらずで全身麻酔によるCT検査か患部を切開して組織を病理検査なら分るかもとのことで最悪その時点で断脚...どうしても踏み切れなかった。 その後は酷くなることなく推移、今年に4月にNANAが突然調子を崩し悪性組織球症の診断、その半月後にMOMOの患部も腫れだして注射器による細胞採取で悪性組織球種の診断が下りました。本当に悪夢を見ているようでした。 でも抗癌剤治療が功を奏してこの夏は遊びに行くことができました。 抗癌剤治療を始めて7ヶ月本当に頑張ってくれました。患部が足だったためか内臓は元気で最後までよく食べていてくれたので病院の先生も吃驚するくらいに体重も減らずに最期を迎えました。 抗癌剤(ロムスチン)は最初の2回くらいまでは劇的に効果が見込めるのですがその後徐々に効かなくなります。最後は延命治療から緩和治療に切り替えようかとも思いましたが先生からもう一回だけやりましょうとのことで7回目を治療を受けました。結局乗り越えることはできませんでしたが最後までMOMOらしく明るく振舞ってくれました。 MOMOを送ってやる時はお恥ずかしいところをお見せしましてすみません。でも9年半の思いと救ってやれなかった悔しさでこみ上げてきました。 霊園を後にする時に支配人さんから、みなさんから愛されてMOMOちゃんは幸せな一生送られましたね。MOMOちゃんが繋いでくれたご縁をこれからも大切になさってくださいね。と言われました。 本当にMOMOがいなければ出会うこともなかっただろうこの絆。MOMOには本当に感謝です。 MOMOありがとう...

2012年12月 2日 (日)

空へ...

008 018 019 早朝、空を見上げるとひこうき雲が... ♪白い坂道が空まで続いていた ゆらゆらかげろうが あの子を包む 誰も気づかずただひとり あの子は昇ってゆく なにもおそれないそして舞い上がる... 空に憧れて空をかけてゆく あの子の命はひこうき雲... MOMOも昇ってゆきました たくさんのお友達にお見送りいただき本当に感謝です。 人懐こい性格でみんなに可愛がられて幸せなMOMOでした。 MOMOと暮らした9年半は本当に楽しかったです。 ありがとうMOMO 合掌

2012年12月 1日 (土)

MOMONANA時代終焉

051 12月1日午前3時30分、MOMOはNANAの所へ旅立ちました。 抗癌剤治療を始めて7ヶ月、本当によく頑張りました。 もう足痛くないからね。向こうの世界でNANAと一緒に遊ぶんだよ... 2日日曜日に家族で送ってやります。 皆様にはNANAの時に十分していただいたので 勝手ながら今回は供花ご辞退させて頂きます。

2012年10月29日 (月)

JIOHNJOHNとNANA

138 10月29日はJOHNJOHNの8回目の誕生日です。 冴姉がリンゴのケーキを作ってくれました。そしてNANAの49日の忌明けとなりました。NANAは虹の橋渡ったのかな...

2012年10月23日 (火)

琵琶湖BBQ~

007 026 034 028 037 063 068 今年は春からいろいろありましたので、この時期になって初BBQです。 MOMOさんマイペースでレトリーブ 買ったばかりのリアルなカモ~ 久々にソフィ家のいのりちゃん~大きくなりました。 父が同じノアにNANAのおも影さがしてしまいます。最後に集合写真ですがなかなかそろいません~ アイルーク家、モコ家、アージョ家、アルファーロ家、カイハヤ家、カノン家、陸ビンゴ家、ムギ家、ガイア家、ソフィー家、ロデ家の皆さんありがとうございました。

2012年10月14日 (日)

久々に琵琶湖遊び~②

014 020 056 023 030 051 031 045 038 064 052 時差ブログになりました~(^^ゞ 先週の日曜日は久々の琵琶湖を満喫、個性豊かな子達と遊ぶのはやっぱり楽しい~ 『いの~ち、みじぃ~かし、遊べよフラット~♪』

2012年10月10日 (水)

久々に琵琶湖遊び~①

006 012 久々に琵琶湖で遊んできました~ 今年の知内浜はとても綺麗でした。 MOMOも元気にレトリーブ...

2012年9月30日 (日)

ジョンジョンの災難~

022 先週の日曜の夜、突然下半身麻痺になりました。 昼間はいつものようにリビングで遊んでいたのですが、夜サークルの中で寝ていたジョンジョンの様子が変... 歩くことはおろか立つことすらできない状態に...土曜日には元気に散歩に行っていたのですが... 本当に突然襲った症状に唖然としました。 朝まで待って病院へ 検査(レントゲン)の結果椎間板ヘルニア、グレード4の状態でした。グレード5なら即手術らしいのですが、ジョンジョンは完全に下半身麻痺状態ながら微かに痛覚だけは残っているので注射で様子を見ることになりました。 月曜から木曜まで毎日注射に通いが続きましたが、その甲斐あって少しづつですが足が動くようになり、今日はおぼつかない足取りですが歩けるようになってきました。 でも1ヶ月間は絶対安静でサークル内で監禁生活をしないといけません。 ジョンジョン安静にして早く治そうな~

2012年9月20日 (木)

NANAのこと...

034 NANAが亡くなって1週間が経ちました。 1週間前の朝、出勤前にNANAが後追いをした。とうちゃん行かないでと言いたげな表情で...ふと嫌な予感がした。 点滴に行く予定だったため、いつもより早めに帰宅、NANAは待っていてくれた。リビングで寝ていたNANAは私の顔を見て立ちあがった。けど最後の力を振り絞って立ったのだろう。そのままへたり込んだ。慌てて在宅中の彩姉とともにNANAを車に乗せて病院へ向かった。通いなれた病院までの道のりが遠く感じた。受付を済ませて車で待機中に容態が急変した。おそらく体力ぎりぎりまで私の帰りを待っていてくれたのだろう。もう余力がなかった。「おいおい~ちょっと待ってくれよ」というくらいあっという間に逝ってしまった。あまりにあっけなく逝ってしまったので涙も出なかった。時間にして本当に2~3分の出来事だった。先生が駆けつけてくれたが手遅れだった... 余命宣告から4ヶ月半NANAは本当によく頑張ってくれた。余命2週間と言われたあの夜、家族に報告して泣き崩れた。こんな悲しいことは今までなかったから... 一分の望みに賭けて4月28日抗癌剤治療に踏み切った。奇跡が起こった。驚異の回復を見せてくれ6月中旬から8月中旬の間は寛解状態となり、遊びに出かけることも出来た。完治するのではと期待を抱いてしまうほど順調だった。でも8月下旬から癌が再燃してきた。もう抗がん剤は効かなくなっていた...再燃した癌の勢いは凄まじく日に日にNANAの体力を奪っていった。 NANAは2006・4・24に我が家で生まれた。家に残る予定ではなかったけど、ちょっとしたアクシデントで残ることになった。これも縁があったということか?その後もNANAを譲ってほしいと何人かが訪ねて来られましたが、どうしても手放せなかった。 こうしてMOMO&NANAのフラットじゃない日々が始まった。最初はフラット(平坦)とはほど遠いはちゃめちゃぶりだったのでこんなタイトルに~(笑) 琵琶湖の女王と謳われたNANAですが、最初から泳げたわけじゃなくMOMOの後を溺れそうになりながら必死に追っかけていました。 たしか琵琶湖デビューは4ヶ月でしたね。2年後にはジェットスキーNANAと呼ばれていたな~(笑) 3歳の頃が全盛期、どこまで飛ぶのかって思うほど琵琶湖へ向かって飛んでいた。レトリーブでNANAに勝てる子はいなかった。本当にすごい子でした。 遊び場では爆裂娘のNANAですが、おりこうさんなんですよ~家の中では一度も粗相をしたことがなかったし、ごはんごはんの要求吠えもしなかった。でも唯一玉に傷なのが分離不安...私が帰宅した時にはもう大騒ぎ~(吠えまくり)嬉しくてしょうがないのでしょうね。お隣さんからはご主人が帰られた時間がわかりますって言われたな~ こんなことも有りました。フラットブリーダーさんの招待で朝霧のドッグランに出かけた時、ランで遊んでいて私がトイレに行ってたら、NANAがランの外へ出ていてびっくり~\(◎o◎)/! 近くにいた人がその子フェンス乗り越えていきましたよって~(・.・;) 怒られてもめげない、本当にパパっ子さんでした。 NANAと遊んでもらった時、ペロペロしたり、股くぐりしてドボドボにされた方、御免なさい~m(__)m でもね。NANAは好きな人の所にしか行きません。彼女なりの愛情表現です。ご容赦ください 今までNANAを可愛がってくださり本当にありがとうございました。 NANAが旅立って小さくなって帰って来てから、朝一番に私が仏前の水を換えてやります。爺ちゃんは毎日お供えのおやつを持って来てくれます。婆ちゃんは初七日の日にお経をあげてくれました。冴姉は毎朝線香をあげてくれます。かあちゃんは大好物のお供えのリンゴを常に新鮮なものに換えてくれています。今、つくづく思います。NANAは私たち家族の大切な一員だったんだなって... NANA~家で過ごしてどうだった?幸せだったか?NANAに聞いてみないと分らんけど...でも最後の時、一緒にいて抱きしめてやれたこととNANAすごく優しい顔して旅立ってくれたことがせめてもの救いです。